Groups 運営団体

emulsion

emulsion

2019年に主宰の富本泰成の呼びかけにより結成された声楽アンサンブル。 団体名のemulsion(エマルシオン)は「乳化」を意味する単語で、水と油のように、本来 は混ざり合うことがなかったであろう様々なジャンルの音楽家が集まっていることに由来する。 メンバーの専門は、グレゴリオ聖歌、ルネサンス・ポリフォニー、バロック音楽、オペラ、 合唱指揮、ボイストレー二ング、ピアノ演奏、アカペラ・イントネーション研究、尺八演奏など多岐にわたり、様々なレパートリーを専門性を持って演奏する上、それらの価値観 が混ざり合うことで、それぞれの様式の、より魅力的な演奏を模索することを目標としている。

 

member

瀬戸翔吾

瀬戸翔吾 Shogo Seto

Tenor

私の本業は「科学館で来館者との対話を通じて科学のあり方を考える仕事」です。なぜそんな私がこのAcappelLaboにいるのでしょうか。 私が科学館で来館者と対話する際によく話題に上がるのが、「AIは人間に置き換わるのか」というテーマ。確かに最近では、文章を作るAIや絵を描くAIなど、AIにできることが増えてきました。科学館の職員としてこれについて想いを巡らせるうちに、音楽家としてもある疑問が浮かびました。 「自動音声でもアバターでもなく、生身の人間がコンサートホールで生演奏をすることの意味は何だろう?」 まだ答えは出ていませんが、これを考えるキーワードは「人間特有の魅力」だと私は考えます。そしてそれを感じ、探求できる場所こそがアカペラボだったのです。多様なバックグラウンドを持った歌い手が集まったAcappelLaboでは、個々人が人間特有の「声」という楽器の可能性を様々なアプローチで探りながら、「アンサンブル」という対話を重ねて音楽を作っています。このプロセスに私は「人間ならではの魅力」を感じたのです。 私も自分なりのアプローチでアンサンブルや声の可能性を探っています。AcappelLaboでは「女声アンサンブル八重桜」と男声合唱グループの「emulsion」という、声種・ジャンルの全く異なる2グループに所属しています。またその他にも、歌って踊るポップスのアカペラグループやビートボックスにも挑戦しています。 「人間特有の魅力」には答えはないと思います。ですが、声の可能性を探求し続けるAcappelLaboのアンサンブルを聴くと何かヒントが見つかるかもしれません。

富本泰成

富本泰成 Yasunari Tomimoto

Tenor

子供の頃から歌とゲームが好きだった私は、ゲームの世界を華やかに彩るキャラクター達の声に魅せられていました。 そしてそれはいつしか憧れに変わり、声優の仕事に興味を持つようになりました。 放送部が強い高校に進学し、期待に胸を膨らませた入学式の日。合唱部が披露したアカペラの校歌合唱に、稲妻に打たれたような衝撃が走りました。 それまでは無伴奏の合唱というものを体験したことがなかったため、「人の声の重なりだけで、こんなことが出来るんだ」という感動と驚きで、鳥肌が立ったことを覚えています。 その後、放送部と合唱部に入部し、二足のわらじを履いて高校生活を送ることになりますが、高校2年生の時に指導にいらしたボイストレーナーの先生の声を聞いた瞬間に「芸大に進学しよう」と決意をしました。 奇跡的に芸大の声楽科に現役合格することが出来、芸大の先輩が立ち上げた合唱団に入団。数々の国際合唱コンクール、国際合唱フェスティバルに参加する中で、何度も「人の声って、すごい!」と感じられる、自分の価値観を打ち砕いてくれる素晴らしい演奏と出会うことが出来ました。 そのような演奏に出会った時に、喜びや驚き、憧れのほかに、悔しさのような感情を抱くことが次第に増えていきました。「自分もこのような演奏ができるようになりたい…」と。 そんな気持ちがあり、6人組の小さなアンサンブルを作ることから、私の音楽活動は始まりました。 混声6名のアンサンブル、Vocal Ensemble 歌譜喜です。 そして、女声8名の八重桜、男声7名のemulsionと、編成が異なる計3つのアンサンブルを立ち上げました。 アンサンブルの活動を続けていく中でも、世界のさまざまなアーティストの演奏を聴き、憧れと悔しさは大きくなっていきました。 その中で「自分の人生で、これほど大きな感情を湧きあがらせてくれるもの音楽だけだ。自分の人生を彩ってくれているのは音楽に他ならないんだ」という気づきがありました。いつの間にか、自分にとって本当になくてはならないものになっていました。 そして、素晴らしい世界を教えてくれたアーティストたちのような活動を、日本で行なっていきたい、という夢を持つようになりました。 そうすることで、多くの人が(かつての私と同じように)人と声を合わせることの奥深さにハマっていき、「合唱」を人生の相棒として、仲間たちとより良く生きていけるのではないか、と。 そのような夢を追うことが出来るのも、同じところを見て、私と一緒に音楽をすることを楽しんでくれるメンバーたちのおかげです。 合唱の素晴らしさ、人と声を合わせることの素晴らしさを大くの人に伝えていきたい、という大きな目標を抜きにしても、彼らと出会えた幸せを噛み締めながら、自分の憧れへと近づいていけるように、メンバーたちと歌うことを心から楽しんでいきたいです。 私はこの会社の取締役として、彼らに感謝の気持ちを十分に示すため、全力で頑張っていきたいです。

浜田広志

浜田広志 Hiroshi Hamada

Bass

私が合唱に出会ったのは、高校(共学・女子多め)に入学したその春のことでした。中学時代は剣道部所属だったのですが、高校の部活は厳しそうなので続けるのは大変そうだなと思い入部せず。ピアノがまあまあきちんと弾けたことから(バッハとかブラームス、フランスものを弾くのが好きでした)、合唱部に入って伴奏とかもさせてもらいながらのうのうと暮らそう、女子も多いし、などと思い軽い気持ちで合唱を始めたような気がします。歌がわりと上手だったらしく、失って久しい絶対音感なども持っていましたので大変に喜ばれました。彼女はほぼできませんでしたが。 そんなわけでまんまと合唱の魅力に取り憑かれ、カバンには常に三善晃の合唱曲の楽譜が入っていました。 大学(文学部)に入学後は特別合唱を続けたいという気持ちが強かったわけでもなく、音楽研究会器楽部というピアノを弾いたりお酒を飲んだり室内楽をしたりお酒を飲んだりするサークルに入りのうのうと暮らしていました。ですが、一度足を踏み入れてしまった歌の世界の魔力に引き戻されてしまい、卒業後声楽の道へ。その後大学院で受けたバッハ「マタイ受難曲」の授業から、色々な意味で「これは自分自身で勉強しなければいけない」と思い、バッハを歌う一般合唱団できちんと合唱を再開。 その後、東京や留学先のパリでプロの合唱団員としても活動。「フランスには合唱指揮科があるから」という理由で合唱指揮科に入学し修了、合唱指揮者という二足目の草鞋を手に入れたりもしました。 思えば、なんとなく始めた合唱が自分の生活の中心となったのは不思議なことです。音楽に見捨てられないように、音楽がずっと自分の中に住んでくれるように、などと願いながら今日も歌っています。中学のころ好きだったバッハやフランス音楽が今も大好きです。合唱を始めたおかげでモテたかどうかはよくわかりません。

松井永太郎

松井永太郎 Eitaro Matsui

Bass

小学3年生から吹奏楽部に入部し高校3年生までおよそ10年間Tubaを担当する。 当時全国大会に出場するなど強豪校だった母校の小学校では、入部時期が遅かったのに加え男の子ということもあり、不人気なその自分の体よりも大きな楽器を担当。演奏している時はスタンドに立てる為重さはさほど気にならないのだが、音を出す時に相当な量の息を消耗するのでほとんど一音〜二音毎にブレスを取るしか無かった。楽器が古くてピストンは戻りが悪いしおまけに唾が垂れてくるし、1番管は何故かめっちゃ唾溜まるし、2番管はやたら開けにくい上に唾溜まるし、3番管なんて錆びついてるのか乾燥しきってるのかどうやっても開かずもう唾が溜まってるかどうかさえ分からない。 他の楽器で楽しそうに旋律や早いパッセージを演奏する部員達を横目に不貞腐れた私は、卒業したらもうこんなんやめてテニス部で優勝してやると違う方向に闘志を燃やす。 数ヶ月後の春、新品のテニスラケットを肩に、まだ裾の弛んだ青いジャージを着た中学生松井の姿がそこにはあった。ミュージカルにまでなった某テニスマンガが流行り始める前の時代だったからなのか部員の数が少なく、一年目にしてまさかのレギュラーとなってしまい常に一回戦敗退。その悔しさからますます練習に打ち込もうとテニスコートへ向かうある日の放課後、校内放送で音楽室へ呼び出される。音楽の授業で忘れ物でもしたかなと音楽室の入り口へ来てみると、そこで待っていたのはギラギラと銀色に輝く新品のTubaと、同じく満面の笑みでギラギラに歯を輝かせた吹奏楽部顧問の先生。どうやら私の為に楽器を新しく買い替えてくれたらしい。そんなことってあるか。このモデルだと50万以上はするぞ。 結局テニスの王子様になる夢を諦めて渋々再び吹奏楽部を続ける事になったのだが、小学校の時に出しにくかった音が軽く出せるようになっていたり顧問の先生の計らいでTubaソロの曲を頂いたりして技術も磨かれていき、明らかに景色は明るくなっていった。 高校に入るとフィリップジョーンズブラスアンサンブルのジョンフレッチャーにどハマりしCDを聞きまくり、アンサンブル好きな友人達と毎日放課後だけでなく早朝も昼休みも練習した。練習というよりそれは自由に好きな曲をセッションする遊びだった。 現在は声楽家として活動していてTubaとは疎遠になってしまったが、今のアンサンブル好きな自分がいるのはその高校時代の幸せな時間があったからだと思う。 歌譜喜に於いてもemulsionに於いても、誰の為でも無く夢中で音楽を追求していける場所だと感じている。AcappelLaboの一員として歌わせて頂きこの歳になっても青春を謳歌している自分はとても幸せ者だ。

松村湧太

松村湧太 Yuta Matsumura

Lead / Baritone

ピアニストで、尺八奏者で、歌い手という、AcappelLaboメンバーの中でも特に不思議人間な私、これまでの人生でも幾度となく『で、何が本業なの?』と聞かれて参りました。 しかし、そこそこ大人になって、自分のこれまでやってきた事や、今の自分の得意な事などがだんだんと客観的に見える様になってきた今、結構筋は通っていたのではないかと思います。 というのも、最初に始めたピアノも、いわゆるピアニスティックな技巧的な曲よりも、歌う様なメロディの曲や、スタンダードな映画音楽なんかがとても得意でした。 そして次に始めた尺八は『人間の声に最も近い楽器』などと言われ、極めて歌に近い表現が出来る楽器です。 そして最終的にはこうして、自分の声で歌う事を始めました。なので、色々やっている様に見えて、これまでやってきた事は『歌』だったのだろうなと、今になると感じます。 そのためか、歌は音楽高校1年生の時から、副科としてスタートしたのですが、自分の声楽の先生に憧れて真似をしている中でハマってしまい、高校3年の時には全日本学生音楽コンクールで、大阪大会1位、全国大会3位を頂きました。ちなみに、同年に自分の主専攻であるピアノでも受けて、そちらでは見事!予選落ちでした。#才能の無さ もう一つ思い返すと、僕は勿論音楽 が大好きである事は間違いないのですが、『音楽』自体よりも『声』自体が魅力的な歌い手に心惹かれたり、ピアノでも尺八でも『より美しい音を、一番少ないエネルギーで合理的に出せる方法』を模索する事に心血を注いできた人間でした。この国では芸術、音楽において、『技術を得る事に時間を割く事はナンセンスで、表現力や感情といった事こそが芸術の本質だ』と、技術を求める事が卑下されがちな傾向を感じます。 もちろん「テクニックが物凄いだけで、全然心に響かない演奏」というものもあるでしょう。 しかし「技術があるからこそ出来る、なければ出来ないパフォーマンス」というものもあると思っています。 分かりやすい所で言えば、羽生結弦選手の演技なんか、そうじゃないですか?そしてAcappelLaboのサウンドもそう。emulsionでの僕のロングトーンも一応その一つでしょうか(笑) 大学は尺八専攻だったため、クラシック、声楽に関しては何の知識もありませんし、グレゴリオ聖歌をAcappelLaboやemulsionで演奏する際は、譜面も言葉も何も読めていません。さも読めているような神妙なツラをして、コンマ何秒、常に周りのメンバーより遅れて歌い、歌えているふりをしている、そんな私ですが、ジャンル問わず、声のアンサンブルがとても好きです。 『ずっと浴び続けていたい声』そんなものをずっと追い求めてきました。AcappelLaboは僕にとってそんなサウンドの一員として歌える、至高の時間です。

柳嶋耕太

柳嶋耕太 Kota Yanagishima

Baritone

指揮を生業としています。2011年から6年半ドイツに留学して、当地で合唱指揮を修めていまに至ります。 本格的な意味での合唱指揮との出会いは2004年、一般の大学1年生のときで、当時いた大学合唱団の新人演奏会でした。成り行きで指揮を任されることになったのですが、あのとき指揮者として舞台に立った瞬間,全身が解放され、「いま自分はここにいるべくして、いる」と、なんの力みもなくスッと確信できて、それから人生を棒に振ってこの営みをずっと続けています。 そんな経過もあってか、僕にとって音楽とかかわることというのは自分たちが「いま、ここ」にいることを再感知するためのセレモニーのようなものだと考えているきらいがあります。「いま、ここ」に居られるとき、すべての音と無音が美しい、と思います。 留学一時帰国中に出会ったトミーは、まさに「いま、ここ」の声の響きに対して鋭敏な感覚とそして何よりも比類のないひたむきさを備えた人間でした。 トミーにemulsionに誘ってもらって一緒にうたわせてもらって、アンサンブルという形で人と共にうたうことのかけがえのなさを改めて教えてもらっています。トミーやここにいる大切な仲間たちへの深い感謝と共に、力の続くかぎり、emulsion、AcappelLaboという場の発展のために努力し、たくさんの音楽の夢を叶えていきたいと思っています。 web: https://yanagishima.de

渡辺研一郎

渡辺研一郎 Kenichiro Watanabe

Lead / Baritone

「ピアノをはじめたのはいつで、合唱に出会ったのはいつで、どんな学校に行って、誰に習って・・・云々。」というような、いわゆる自分の「音楽歴」と呼ばれることもあることはあるのです。が・・・。 「音楽」という、「目には見えないけれど、確かに存在している、ナニカ」のことを真面目に考えるようになった、という意味で「音楽をはじめた」とするならば(いやいやいや笑、そんな定義しなくて良いし笑。 と言われそうですが)、その時期は比較的最近で、「自分が音楽家である」と意識するようになってからのことです。 「音楽家なのであれば、音楽のことをもっと見つめたい」と自然に思ったのでした。子ども時代や学生時代には、音楽的体験に恵まれていて、それはとてもとても貴重なことではありましたが、音楽そのもののことは何も考えていませんでした。 アンサンブル、ということで言うと。 人間である自分が、音楽の目線に立とうとしてみて、彼(音楽)にはあらゆる「アンサンブル」が含まれているのかもしれない、なんてことを「いち人間」としてあれこれ思うようになったのも最近です。 音が鳴る、という時点で、彼ら(音たち)には空間や空気とのアンサンブルがあるらしくて、しかもひとつの音に倍音が含まれるならば、それは決して「ひとつの音」ではなく、彼らは複数の音のアンサンブルから成る「複合音」として存在していて・・・。そして(いきなり人間が登場します!)、歌い手や器楽奏者という人間たちが集まって、音を絡め合いながら面白い音響と時空間を作り上げていくということも、まさにアンサンブルである(音のアンサンブルと人間のアンサンブル)・・・云々。 いろんな次元のアンサンブルが、さらにアンサンブルをしているという、そうなってくるともう人智では理解しえないような領域に行っちゃいますが、音楽っていうのはそれくらいの広がりを持っているものなのでは、すごいなぁ、と自分はまるで小学生のように単純に感動しています。 「アンサンブル」をきっかけに、その広がりの一部の中に自分が存在できたり、いろんな他者と交流できるということも、面白いですね。 こんなことを感じながら活動しているので、最近では、「音に気づく」ためにサウンドスケープのワークショップに参加したり、自身のプロジェクト「spin notes」(音を紡ぐ、という意味)で公演をしたり、同名のYouTubeチャンネルで即興演奏をして真っ白な画面と共にアップしたり、などということをしています。よかったら覗いてみてくださいませ。YouTubeの画面が白いのも、音そのもの、音楽そのものへの気づきに繋げたいという気持ちがあるためです。 https://youtube.com/@spinnotes269 いやはや、ただのエッセイになってしまった!終わります。

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